読書と映画の記録

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長年会っていない孫と祖父の、ちょっと距離のある共同生活 - エミリの小さな包丁(著: 森沢明夫) 感想

はじまりは、やや不穏。


職を失い、田舎に向かう電車に乗るエミリ。
彼女が目指すのは、海のおじいちゃんの家。

長年あっていないおじいちゃん。でも彼女にはそれ以外に頼れる人はいない。
憂鬱な気分を抱えて、おじいちゃんに会いに行く。

そこから、孫と祖父(と犬)の、ちょっと遠慮がちな共同生活がはじまる。
おじいちゃんの暮らしは素朴だ。朝は犬の散歩。散歩中は色んな人に出会う。そして犬の散歩の後は釣りをして、自分で魚を捌く。
エミリは包丁を研ぐ係。仕上げはおじいちゃん。

 

田舎の人たちは、やさしかったり、直球だったりする。
エミリの事情を知って、心ない言葉をかけてくる人もいれば、やさしい言葉をかけてくれる人もいる。

田舎暮らしを通して、あるいは祖父との暮らしを通して、エミリは変わっていく。
見えないけれど、物語冒頭のエミリは背中を丸めて暗い顔をしているように感じるが、田舎での素敵な人たちの出会いを通して、エミリの背筋もしゃんとして顔も明るくなったような気がする。

 

そしてずっと、わだかまりのあった母との関係。和解、とまではいかないが、母の父でもある祖父の語る思い出を通して、すこし、すこしだけ、その気持ちも変わっていく。

すごい奇跡もないし、上手くいくことばっかりじゃないけど、それでも元気をもらえる。すこし落ち込んでる時に読んでほしい、そして田舎でおいしい海鮮丼でも食べたいな、という気分になる本でした。

 

続きはネタバレ有

 

 

 

 


以下ネタバレ有感想

 

エミリが何をやったかは中盤まで語られないんですけど、『おまえって奴はよォ………』って思うことをエミリはやらかしてます。エミリの育ち的にしょうがないのかなと思いつつ、まあでもエミリがわざわざ職を捨てて(失って)、田舎に行った気持ちはわかる気がします。私も同じことしてしまったら、遠くに引っ越すと思う。

 

そんなエミリのやったことは、ひょんなことから田舎でも広まってしまう。でも救いは、エミリ自身を知る人は、エミリのやったことなんか気にしてないこと。エミリはもうそんな子じゃない、みんな知ってるから。何よりもよかったのは、おじいちゃんが何も気にしなかったこと。何も気しなかったわけではないのかもしれないけど、エミリを責めることは一切なかった。

このおじいちゃんがね、いいんですよ。作中でも口数は少ないんですが、行動で示すタイプ。生活力があって頼もしいな~!ってところから、最後の行動は本当泣かせる。おじいちゃんいい人すぎるよ。

そして意外な人が意外な役回りをしてたりするんですよね!この話は無口な人の後から『そんなことしてくれてたの!?!?』がすごい心ほっこり系でいいんですよ!

 

そしてこの話がすごいのは、序盤・中盤・終盤で『最初の文章』の感じ方がどんどん変わっていくこと。包丁もってどこ行くのエミリちゃんって文章ですが、序盤はこわごわ、中盤のエミリがやらかしたことが発覚した時は『ま、まさか』ってなるんですが、最後では『そういうことだったんだ!!』と、序盤・中盤とは全然違う感じ方で終われます。トリックでもミステリでもないんですけど、序盤との雰囲気の違いがすごい鮮やかで素敵なので、心が少しどよん、としてる時こそ読んでほしい一作です、ぜひに!